ボーダフォン株式会社(現ソフトバンク株式会社)を日本企業として最高額となる1兆7500億円で買収し、同社代表執行役社長兼CEOに就任。
タグ: 49歳あの人は何をしていたか
49歳の西郷隆盛
武士の不満が高まるなか西南戦争が勃発。破れて自決。
遺体は山縣有朋の検分の後に手厚く葬られた。
49歳の孫正義(2006年)
世界長者番付 58億ドル(約6800億円)で日本人1位(全体では129位)。
49歳の水木しげる
偶然再会した元上官の宮軍曹や戦友の石橋と3人で、26年ぶりにパプアニューギニアを訪れ、現地人たちと再会する。以降、何度もニューギニアを訪れ、「ニューギニアに移住したい」と言うまでに惚れ込む。
49歳の松下幸之助
軍の要請で松下造船(株)、松下飛行機(株)を設立
49歳の吉田秀雄
全国の開局ラッシュが本格化すると、申請者の中心であった各地方新聞社に対し、電通を通じて免許申請の手続きから、番組編成、番組制作の技術、営業の方法等に至るまでを全面的に支援、また出資協力はもとより必要があれば、地方局のスタッフとして電通社員を移籍させることまで行なった。
新聞雑誌発行部数公査機関「ABC懇談会」の創立を実現
49歳の司馬遼太郎
紀行随筆『街道をゆく』を週刊朝日で連載開始
49歳の司馬遼太郎
明治の群像を描いた『坂の上の雲』の産経新聞での連載が終了。
また、幕末を扱った『世に棲む日日』で吉川英治文学賞。初期のころから示していた密教的なものへの関心は『空海の風景』に結実されている。「国民的作家」の名が定着し始めるようになり、歴史を俯瞰して一つの物語と見る「司馬史観」と呼ばれる独自の歴史観を築いて人気を博した。
49歳のアドルフ・ヒトラー
オーストリアを武力恫喝し、併合する(アンシュルス)。ウィーンに凱旋。ミュンヘン会談でズデーテン地方を獲得。
49歳の正力松太郎
ベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグらが参加した大リーグ選抜チームを招聘した。アマチュア野球しか存在しなかった日本側でも全日本チームが結成された。後に同チームを基礎として大日本東京野球倶楽部(現讀賣巨人軍)が創設され
49歳のトーマス・エジソン
自動車王のヘンリー・フォードと出会う。
当時はフォードはエジソン電灯会社の社員であった。フォードが発明したばかりのガソリン自動車の説明をすると、エジソンはテーブルを拳で叩いて喜び、フォードを励ました
49歳の森鴎外
1911(明治44)3月『妄想』発表(~4月)。9月『雁』発表(~1913年5月)
49歳の渋沢栄一
東京石川島造船所創立・委員(後に取締役会長)。
49歳のカール・マルクス
1867年『資本論』第1巻の発刊
以後、世界各地でマルクスの影響をうけた革命が広がり、またマルクスもそれを支援していく。
49歳の清水次郎長
次郎長不在の中、二代目おちょうが新番組隊士により殺害される。子分たちが下手人を捕まえ殺害。
戻った次郎長は藩庁有司に事態を説明する書簡を送り、事態の沈静化を測った。
49歳の福澤諭吉
朝鮮で福澤の知人である金玉均らが甲申事変を起こすが失敗。福澤はこの頃から清の台頭に警鐘をならしていた。