49歳の吉田秀雄

全国の開局ラッシュが本格化すると、申請者の中心であった各地方新聞社に対し、電通を通じて免許申請の手続きから、番組編成、番組制作の技術、営業の方法等に至るまでを全面的に支援、また出資協力はもとより必要があれば、地方局のスタッフとして電通社員を移籍させることまで行なった。

新聞雑誌発行部数公査機関「ABC懇談会」の創立を実現

49歳の司馬遼太郎

明治の群像を描いた『坂の上の雲』の産経新聞での連載が終了。
また、幕末を扱った『世に棲む日日』で吉川英治文学賞。初期のころから示していた密教的なものへの関心は『空海の風景』に結実されている。「国民的作家」の名が定着し始めるようになり、歴史を俯瞰して一つの物語と見る「司馬史観」と呼ばれる独自の歴史観を築いて人気を博した。

49歳の正力松太郎

ベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグらが参加した大リーグ選抜チームを招聘した。アマチュア野球しか存在しなかった日本側でも全日本チームが結成された。後に同チームを基礎として大日本東京野球倶楽部(現讀賣巨人軍)が創設され

49歳のトーマス・エジソン

自動車王のヘンリー・フォードと出会う。
当時はフォードはエジソン電灯会社の社員であった。フォードが発明したばかりのガソリン自動車の説明をすると、エジソンはテーブルを拳で叩いて喜び、フォードを励ました