画家を志し、精華美術学院に入学。
タグ: 1938年あの人は何をしていたか
38歳のサン=テグジュペリ
ニューヨークとホーン岬の長距離飛行に挑戦。グァテマラでラ・アウローラ空港離陸時に事故を起こし、全身8ヶ所骨折する。フランスに帰国し、アゲー、スイスで療養する。
26歳のアラン・チューリング
プリンストン高等研究所で博士号を得た。
博士論文では、「順序数」という概念の体系を整理しようとした。
その中で、チューリング還元の概念を提案している。純粋数学とは別に暗号理論もここで学び、電気機械式乗算器も試作。
イギリスにおける暗号解読組織である政府暗号学校 (GCCS) でパートタイムで働き始める。ナチス・ドイツの暗号機、エニグマの解読に当たった。
25歳のロバート・キャパ
30歳のオスカー・シンドラー
彼の諜報活動が露見した時、チェコの鉄道内部の秘密情報を漏らしたということで、大叛逆罪の罪で死刑の宣告を受ける。
しかし、1938年10月にドイツのズデーテン併合があったため、ドイツによって刑の執行は中止された。
49歳のアドルフ・ヒトラー
オーストリアを武力恫喝し、併合する(アンシュルス)。ウィーンに凱旋。ミュンヘン会談でズデーテン地方を獲得。
59歳のアインシュタイン
当時のアメリカ合衆国大統領であったフランクリン・ルーズベルト宛ての、原子力とその軍事利用の可能性に触れた手紙に署名。その手紙は「確信は持てませんが、非常に強大な新型の爆弾が作られることが、十分に考えられます。この爆弾一つだけでも、船で運んで爆発させれば、港全体ばかりかその周辺部も壊すことができるほどの威力を持っています」という内容だった。