37歳の徳川家康

信長から正室・築山殿と嫡男・松平信康に対して武田氏への内通疑惑がかけられたとされる。家康は酒井忠次を使者として信長と談判させたが、信長からの詰問を忠次は概ね認めたために信康の切腹が通達され、家康は熟慮の末、信長との同盟関係維持を優先し、築山殿を殺害し、信康を切腹させたという。(この通説には疑問点も多く、家康・信康父子の対立が原因とする説もある)

37歳のサン=テグジュペリ

2月、カサブランカ-トンブツク-バマコ-ダカールのサハラ砂漠を経由する路線を調査。4月、「パリ=ソワール」誌の特派記者として再びスペイン内乱を取材。8月、ナチズムの行為を見るためにドイツに飛ぶが、警戒が厳しくほとんど目的を果たさずに帰る。

37歳のオスカー・シンドラー

1945年工場内で終戦を聞く。従業員たちを集めて話もしたと言われている。

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1945年5月8日、シンドラーの元にあったユダヤ人たちから彼に一つの指輪が贈られた。この指輪は、シンドラーに命を救われたユダヤ人たちが感謝のしるしに、彼らが唯一持っていた本物の金歯からつくったものである。「一人の人間を救う者は世界を救う」 - タルムードにあるこの言葉が贈り物の指輪に刻まれた。

1945年11月から1950年5月まで、彼はレーゲンスブルクにいた。しばらくアルゼンチンに赴き、毛皮をとるためにヌートリアの飼育も手掛けたが、農場を閉鎖せざるを得なくなる。

37歳のタモリ

フジテレビの「夜の顔を昼に」とタモリを昼の帯番組に起用するという荒業に出る。「笑っていいとも」は当初低迷したものの、間もなく人気が沸騰していき、2014年3月31日の放送終了まで31年半続いた長寿番組となった。

この時期、深夜のタモリのイメージを崩さないという目的で深夜バラエティ番組『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系列)も放送開始、これもまた、30年以上続く人気番組となっている。