14歳の陸奥宗光(1858年)

江戸に下向(出府)する。

江戸では安井息軒(やすい そっけん、儒学者)のもとへ弟子入りするが、吉原遊郭に頻繁に通っていたことがバレて破門させられる。

破門後は水本成美(律令学者)のもとで学ぶ。
この頃に、坂本龍馬や桂小五郎(木戸孝允)、そして伊藤博文と親交を持つようになる。

14歳の織田信長

1548年、父・信秀と敵対していた美濃国の戦国大名・斎藤道三との和睦が成立すると、その証として道三の娘・濃姫と信長の間で政略結婚が交わされた。
翌年、信長は正徳寺で道三と会見し、その際に道三はうつけ者と呼ばれていた信長の器量を見抜いたとの逸話がある。
また同年には、近江国の国友村に火縄銃500丁を注文したという。

14歳の赤塚不二夫

母親のわずかな稼ぎでは残った3人の子供を養っていくことが困難であった為、兄弟は父の郷里である新潟の新類縁者にそれぞれ預けられることになり、赤塚は新潟県に住む父親の姉一家の母子家庭に預けられた。
当初新しい学校で差別を受けていたが、全校の図画コンクールで第1席になった。差別意識が強かった級友たちからも、驚きの目でみられたという。