50歳のアドルフ・ヒトラー

チェコスロバキアへ武力恫喝、チェコを保護領に、スロバキアを保護国化(チェコスロバキア併合)。同年に独ソ不可侵協定を締結、ポーランド侵攻を開始、第二次世界大戦が勃発する。以降大半を各地の総統大本営で過ごす。

50歳の岩崎弥太郎

パシフィック・メール社やP&O社などの外国資本とも熾烈な競争を行い、これに対し弥太郎は船荷を担保にして資金を融資するという荷為替金融(この事業が後の三菱銀行に発展)を考案し勝利した。こうしたライバルとの競争の最中、1885年2月7日、弥太郎は51歳で病死した。

遺志に従って三菱は彌之助が引き継ぎ、さらに久彌、小彌太が継承し、そして、世紀を二度跨いで今日の三菱グループとなった。

50歳のアインシュタイン

ベルリン郊外、カプート(ドイツ語版)という町に別荘を建てる。1932年、アメリカへ3度目の訪問をすべくドイツを発つ。しかし、翌年にはドイツでヒトラー率いるナチスが政権を獲得。以後ユダヤ人への迫害が日増しに激しくなっていったため、アインシュタインがドイツに戻ることはなかった。