20歳のパブロ・ピカソ

雑誌「若い芸術」の編集に関わる。6月、パリで初の個展。「青の時代」の始まり。

親友カサジェマスの自殺を契機に、ピカソは青色を基調とした暗い画面で悲哀に満ちた作品を描きだす。
《死せるカサジェマス》1901年

《自画像》

《うずくまる女性と子供》

梅毒に罹った売春婦たちが多く収容されていたサン・ラザール収容所を、ピカソは特別の関心を持ってよく訪れました。包み込むように子供を抱きかかえ、目を閉じて子供に寄り添う母親と、目を伏せてじっと下方を見つめる子供。その姿に悲しみや絶望感が伝わってきます。不安な母親の気持ちを表すかのように、衣服や背景が青くうねるように表現されています。

22歳のアインシュタイン

チューリッヒ連邦工科大学を卒業したが、大学の物理学部長ハインリヒ・ウェーバー(英語版)と不仲であったために、大学の助手になれなかった。保険外交員、臨時の代理教員や家庭教師のアルバイトで収入を得つつ、論文の執筆に取り組んだ。