73歳のパブロ・ピカソ

1954年から1963年にかけて、ピカソは、敬愛するドラクロア、ベラスケス、グレコ、マネなどの巨匠たちが描いた名作の場面設定や人物などを援用し、自分のイメージで“ピカソ・バージョン”と呼べるヴァリエーションを繰り返し描いてシリーズ化

《ラス・メニーナス(ベラスケスによる)》1957年

《ラス・メニーナス》1957年

《マネの草上の昼食より》1960年

73歳の水木しげる

世界妖怪協会を設立して会長となる。会員は、荒俣宏、京極夏彦、多田克己ら。翌年には境港市において、世界妖怪協会主催の「世界妖怪会議」が開催される。以降、毎年夏に行われるようになる。

「第6回東京平和の日平和展」の催しとして、「平和への祈り-水木しげる戦争体験絵画展」を開催。

73歳の司馬遼太郎

1996年「街道をゆく 濃尾参州記」の取材を終え、連載中の2月10日深夜に吐血して倒れ、国立大阪病院(現:国立病院機構大阪医療センター)に入院。
2日後の2月12日腹部大動脈瘤破裂のため死去した。
72歳没。死去した国立大阪病院は、奇しくも『花神』で書いた大村益次郎が死去した場所であった。絶筆「濃尾参州記」は未完となった。親族・関係者による密葬を経て、3月10日に大阪市内のホテルで「司馬遼太郎さんを送る会」が行われ、約3,000人が参列。