1967年(昭和42年)2月 ストックホルムに招かれ、オリンピック55周年行事に参加。その時ゴールテープを切り、「54年ぶりのマラソンゴール」といって新聞紙上を沸かした。
タグ: 76歳あの人は何をしていたか
76歳の吉田茂(1954年)
内閣総理大臣を辞職。
アメリカからの独立後、吉田は第4次・第5次と内閣を組閣する。
しかし、日本民主党の鳩山一郎との対立や汚職事件など支持率をなくす。
そして、12月7日に内閣を総辞職する。
76歳の大隈重信(1914年)
シーメンス事件で辞職した山本権兵衛に代わり、76歳で総理大臣となる(第二次大隈内閣)。
7月に第一次世界大戦が起こると、中国大陸の権益確保のためにドイツ軍に宣戦布告した。
また、中華民国に対して対華21ヶ条要求を出した。
76歳の犬養毅(1932年)
五・一五事件が起こり暗殺される。
犬養毅は高橋是清を大蔵大臣し積極財政を推し進め世界恐慌に対応した。
また、満州事変に対しては、軍部の主導で満州国を建国することに反対し、中国国民党の蒋介石と外交交渉での解決を目指す。
ただ、膨大な軍事費を出していることから軍部との関係はそれほど悪くなかった。
しかし、5月15日に日本を変えたいと思っていた海軍の青年将校と陸軍の士官候補生によって、襲撃され暗殺される。享年76。
犬養の死後、日本は軍部の独裁ならびに挙国一致内閣となっていった。
76歳の水木しげる
作画活動50周年を記念して、1,600枚の妖怪画の原画集『水木しげる妖怪原画集 妖鬼化(むじゃら)』全8巻を翌年に掛けて刊行
76歳の渋沢栄一
第一銀行の頭取等を辞め実業界を引退。