26歳の高杉晋作

3月、長州藩内の保守派を武力で排斥し、藩の実権を握る。

海外渡航を試みて長崎でイギリス商人グラバーと接触するが、グラバーに説得され洋行を断念。

下関開港を推し進めたことにより、攘夷・俗論両派に命を狙われたため、愛妾・おうのとともに四国へ逃れる。6月に桂小五郎の斡旋により帰郷。

10月坂本・桂らと回天の策を謀る。

31歳の坂本龍馬

1865年

薩摩藩の援助により、長崎で亀山社中、後の海援隊を結成。

中岡慎太郎、土方久元とともに長州の桂小五郎と薩摩の西郷隆盛との下関での会談を斡旋するが失敗する。

長崎のグラバー商会からの薩摩藩名義での銃器弾薬購入を長州藩に斡旋。

この年に同郷の武市半平太、切腹。