27歳の三浦知良

イタリア・セリエAのジェノアCFCに1年契約で期限付移籍。
アジア人初のセリエAプレーヤーとなった。
この移籍には商業的な価値を期待していたと見る向きが強く、胸スポンサーとしてケンウッドが入っていたこともあって、入団会見では「スポンサーを得るために獲得したと言われているが、どう思うか?」などと辛辣な質問も浴びせられた。ACミランとのセリエAデビュー戦において、鼻骨骨折と眼窩系神経を損傷してしまい、一ヶ月の戦線離脱を余儀なくされた21試合出場(先発10試合)1得点に留まった。

その後、トリノFC、スポルティング・リスボンといったチームからオファーが来ていたが、シーズン終了後にはV川崎へ復帰することとなった

17歳の安室奈美恵

フジテレビ系『ポンキッキーズ』に鈴木蘭々とのコンビ“シスターラビッツ”として出演し、注目を集める。同年7月にリリースしたシングル「PARADISE TRAIN」からSUPER MONKEY’Sは“安室奈美恵 with SUPER MONKEY’S”へと名義を変更。
同時期に所属プロダクションの社長から松浦勝人(MAX松浦)を紹介される。

15歳の中村俊輔

1991年4月、横浜市立深谷中学校に入学。50倍のセレクションに合格し、日産(横浜マリノス)のジュニアユースに所属。2度の全国制覇を経験するも、3年生時は10番を背負いながら控え選手だった。そして体格を理由にユースへの昇格を逃し、挫折を味わう。その後、1994年に神奈川県のサッカー強豪校、桐光学園へ進学し、サッカー部に入部。

ユース時代を語る俊介