13歳の時に、三春城主・田村清顕の娘(愛姫)を正室に迎える。
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37歳の徳川家康
信長から正室・築山殿と嫡男・松平信康に対して武田氏への内通疑惑がかけられたとされる。家康は酒井忠次を使者として信長と談判させたが、信長からの詰問を忠次は概ね認めたために信康の切腹が通達され、家康は熟慮の末、信長との同盟関係維持を優先し、築山殿を殺害し、信康を切腹させたという。(この通説には疑問点も多く、家康・信康父子の対立が原因とする説もある)
45歳の織田信長
徳川家康の正室築山御前と嫡男松平信康に対し、武田に内通した嫌疑により処刑を命ずる。