47歳のクリストファー・コロンブス(1498年)

1498年5月30日~1500年10月末 第3回航海。初めて南アメリカの海岸に到達。

しかし、ハイチ島(サント・ドミンゴ島)の植民地経営においては、植民者の不満や食料不足への対応などに不手際があり、逮捕されて本国に強制送還となった。『サンタ・フェ協定」で認められていた特権の大部分もはく奪された。

47歳の陸奥宗光(1891年)

足尾銅山鉱毒事件が起こる。
※栃木県と群馬県の渡良瀬川周辺で起きた公害事件

この事件で衆議院議員で立憲改進党の田中正造が国の責任を追及した際に、陸奥が対応し「質問の趣旨が分からない」と回答する。
※足尾銅山の経営者・古河市兵衛の養子には陸奥の次男がいた

47歳の大久保利通(1877年)

かつて盟友であった西郷隆盛が九州で反乱を起こす(西南戦争)。

利通は西郷隆盛のもとへ行き説得しようとしたが、周りからの反対で叶わなかった。
結局、西郷隆盛は自害し、政府軍が勝利した。

利通はこの時、西郷隆盛の死を悔やみ「自分ほど西郷隆盛を知っている者はいない」と言った。

47歳のアドルフ・ヒトラー

非武装地帯であったラインラントに軍を進駐させる(ラインラント進駐)。ベルリンオリンピック開催。

当時の最新メディアであったラジオやテレビ、映画などを活用してプロパガンダを広めるなど、メディアの力を重視していた。情報を素早く伝達させるため、ラジオを安値で普及させた(国民ラジオ)。また、これらの一環としてベルリンオリンピックでは、女性監督のレニ・リーフェンシュタールによる2部作の記録映画『オリンピア』を制作させている。

47歳の高柳健次郎

日本ビクターに高柳の弟子と共に入社。自身が中心となりNHK、シャープ、東芝と共同でテレビ放送技術とテレビ受像機を完成させた。
産官学共同でテレビ技術の研究開発を行う団体として組織されたテレビジョン同好会の委員長に就任。

47歳の岩崎弥太郎

大久保利通が暗殺され、1881年には政変で大隈重信が失脚したことで、弥太郎は強力な後援者を失う。大隈と対立していた井上馨や品川弥二郎らは三菱批判を強める。
1882年には、渋沢栄一や三井財閥の益田孝、大倉財閥の大倉喜八郎などの反三菱財閥勢力が投資し合い共同運輸会社を設立して海運業を独占していた三菱に対抗した。三菱と共同運輸との海運業をめぐる戦いは2年間も続き、運賃が競争開始以前の10分の1にまで引き下げられるというすさまじさだった。共倒れを危惧した政府の仲介で両社は合併を決定。1884年に日本郵船が発足する。