慶長9年3月20日(1604年4月19日)、京都伏見の邸で亡くなる。
遺言はシンプルで、葬儀は地味に、国を治め、民を安んじるよう長政に伝えます。
辞世の句は
おもひおく 言の葉なくて つひにゆく みちはまよわじ なるにまかせて
※意訳:思い残す言葉もなくて、ついに最期の時を迎えた。この先の道にも迷わない なるがままに任せていこう
慶長9年3月20日(1604年4月19日)、京都伏見の邸で亡くなる。
遺言はシンプルで、葬儀は地味に、国を治め、民を安んじるよう長政に伝えます。
辞世の句は
おもひおく 言の葉なくて つひにゆく みちはまよわじ なるにまかせて
※意訳:思い残す言葉もなくて、ついに最期の時を迎えた。この先の道にも迷わない なるがままに任せていこう