幼少期の新渡戸稲造

9月11日に陸奥国岩手郡盛岡城下(現・岩手県盛岡市)で、父・新渡戸十次郎(盛岡藩士)の3男として生まれる。

父は盛岡藩主・南部利剛の用心(主君の命を家中に伝達し庶務を司る)を務めていた。

幼少期には藩校の作人館に通い学問や武芸を学ぶほか、新渡戸家と親しい医者から英語を学ぶ。

幼少の頃に、新渡戸家に来た明治天皇から「父祖伝来の生業を継ぎ農業に励むべし」と声をかけられたことで、農学を志すようになった。