44歳の大隈重信(1882年) 3月に親友の小野梓と立憲改進党を結成。 この時、尾崎行雄(「憲政の神様」と呼ばれる)や犬養毅(後に29代総理大臣となる)が加わる。 10月、小野梓らと東京専門学校(後の早稲田大学)を開設。