44歳の勝海舟 

1866年

軍艦奉行に復帰し、徳川慶喜に第二次長州征伐の停戦交渉を任される。海舟は単身宮島大願寺での談判に臨み長州の説得に成功したが、慶喜は停戦の勅命引き出しに成功した。憤慨した海舟は御役御免を願い出て江戸に帰ってしまう。

46歳の勝海舟 

1868年

軍の東征が始まると、幕府は勝を呼び戻した。海舟は、徳川家の家職である陸軍総裁として、後に軍事総裁として全権を委任され、旧幕府方を代表する役割を担う。西郷との会談のすえ、江戸城の無血開城を実現