6歳の徳川家康

竹千代は今川氏の人質として駿府へ送られることとなった。しかし、駿府への護送の途中に立ち寄った田原城で義母の父・戸田康光の裏切りにより、尾張国の織田氏へ送られた。しかし父・広忠は今川氏への従属を貫いたため、そのまま人質として尾張国に留め置かれた。この時に織田信長と知り合ったと言われるが、どの程度の仲だったのかは不明。